「浅草 賃貸」の意味
東京都台東区東部の地名。もと区名。特に、浅草寺 (せんそうじ) を中心とした地区を指し、旧浅草公園を...
「合宿 免許」の意味
同じ宿屋または部屋に他人と泊まり合わせること。また、その人。同宿。
「axa」の意味
━━ n. フランスの保険会社.
初夏の香りが漂う6月中旬、後志支庁共和町。農業神坂純一さん(61)は、ビニールハウスから今季初収穫した「らいでんスイカ」に包丁を入れた。 大玉の果肉の切断面は真っ赤だ。糖度を測ると12.3で、かなり甘い。「シャリシャリ感や熟度の見極めは長年培った感覚だね」。例年、一番大切な収穫期を決めるのは「らいでんスイカ生産組合」のメンバーで、神坂さんもその一人。いわば「スイカの達人」だ。 「食べてみて。食べてみないと味はわからないよ」と神坂さん。口に含むと確かにシャリシャリし、みずみずしく、甘さが増していく。 スイカの原産地はアフリカの砂漠地帯だ。日本に伝わった時期は定かではないが、室町時代以降と言われる。 今では日本の北から南まで広く栽培され、年間生産量は約45万トン。主産地の最盛期は熊本県が4〜5月、千葉県が6〜7月、山形県や長野県などが8月といった具合だ。 北海道産は6月中旬から出回り、7月下旬からが旬だ。スイカは9割以上が水分で、体内を冷やすと共に、成分のカロテンやカリウムは夏バテにも効くとされる。 ◇ 道内では最古で最大の産地、共和町発足(はったり)。もともとはコメのほか、ジャガイモやナタネなどの畑作地帯だった。1950年代は疲弊のどん底で、農家は冬の出稼ぎなどで家計を補ったという。 スイカを手がける発端は50年、農家8軒の青年が集まって適した作物を探る「みのる会」を結成したことだった。一帯の土地は石が多く、水はけが良い。適地適作の作物生産をめざして試行錯誤の結果、スイカに着目した。 先進地を視察し、講師を招いて学習会を開き、試験場で技術指導を受けた。ようやく63年、スイカの「トンネル栽培」(ハウス栽培)にこぎつけ、商品化に向けて試作を始めた。それから半世紀。今では89軒が計138ヘクタールで栽培し、ブランドの大玉は年間5900トン、9億3千万円を売り上げる。スイートコーンやメロンとともに町の主力産業になった。 神坂さんは、苦労した当時をこう振り返る。「水田や畑として活用できない土地をスイカに使って期待をつないだ。寒暖差のある気候もスイカの栽培に適していたんです」 収穫したスイカは「きょうわ農協」の集出荷選果施設に運ぶ。道内最大規模の選果施設だ。場内はオートメーションでコンベヤーが縦横に入り組んでいる。同農協青果課の中村真明課長は「99年にこの施設が完成するまで、この時期は外にテントを張り、一日がかりでスイカを磨いたり箱詰めしたりで、腰も悪くしましたよ」と言った。 今では自動洗浄になり、スイカの内部に空洞があるかどうかや、形状、糖度など10項目ほどセンサーでチェックしてから箱詰めされる。また、消費者にどの農家が作ったものなのかが分かるように、すべてのスイカに生産者のラベルを張っている。 ◇ こうして地位を築いたらいでんスイカは、その魅力を生かすように利用されている。小樽運河の向かいにある「ホテルノルド小樽」は宴会のデザートに、らいでんスイカを使った「スイカのシャーベット」を提供している。季節限定の味覚として好評だ。 スイカは賞味期限が短いため、新鮮なうちに使う工夫でもある。自慢のシャーベットについて、総料理長の澤田英晃さん(46)は「シャリシャリ感と甘みが口の中に広がり、後味はさっぱりとしていますよ。特にらいでんスイカは知名度が高く、お客さんも喜んでくれています」。 「先代の時代は貧しい農家だったが、スイカに夢を託してから、近年は農業管理の効果も表れ、品質も出荷も安定してきた」。同農協の組合長でもある神坂さんは満足そうだ。スイカの達人の技は、長男の奨さん(32)に引き継がれた。さらなる品質向上へと、期待は膨らむ。 (田中晃) * ●豆知識● 《世界のスイカ生産量》国連食糧農業機関(FAO)の統計によると、04年は9562万トン。圧倒的なのが中華人民共和国の6831万トンで、全体の71%を占める。次いでトルコが382.5万トン、イラン215トン、ブラジル172万トン、アメリカ167万トン。日本は45万4千トン、0.47%にすぎない。 一方、北海道農政事務所の統計では、08年の支庁別生産量は上川7370トン、後志7110トン、空知1640トン、石狩369トンなどとなっている。町村別では後志支庁共和町が6890トン、富良野市5960トン、上川支庁当麻町784トンと続く。 ちなみに国内の消費量は、輸入などで果物の種類が増えた影響もあって減少傾向にあるという。スイカは賞味期間が短いことなどから国内消費の大半は国内産だ。